<第二部>

 繊維設備急増を危惧、生産・加工技術重視
− 商務省繊維工業担当者との対談から見えたこと −


 99年のITMAパリ展の宿泊ホテルで知り合い数回一緒に地下鉄で会場へ通った中国人と偶然、先の上海テックスのプレスルームで再会した。彼はパリ展のときは国家統計局の外郭組織の市場調査員で繊維工業担当と云っていたが、上海展では商務省の役人で担当部署をはっきり明かさなかったが、北京から出張視察に来ていたことが分かった。「中国の繊維産業はいびつで、構造改革が必要」というのが彼等の結論。前後2回、計3時間近く2人でコーヒーやウーロン茶を飲みながら、彼なりの展望を語っていたが、外資系や海外向け下請工場が発展する一方で、古くて小回りが効かず、赤字と人員過剰の国営工場の処置対策に頭を痛めていたのが印象のに残った。


 海外資本・技術と組んだ国営は生き返った。老朽1,000万錘廃棄


 Q(記者) 日本や欧州製の繊維機械と中国製を比べて精度や性能、生産性など、まだ相当の差がある。中国製のレベルも上がっているが、この差を埋めるのは容易でない。中国製のカードやリング精紡機などはタイやネシア、マレーなどアセアン諸国、ビルマやパキスタンそれにウズベキスタンなど西アジアや西アフリカ辺りまで輸出されている。一方、合繊プラントは一部国産化されているが現在なお90%以上が日欧からの輸入設備。重合チップも需要旺盛で国産では追いつかない。原糸が大量生産されても、織物やニットまでに撚糸や仮撚加工といった中間工程があり、これら目的の加工機も一部は国産あるいは技術導入、主要部品や電導部の輸入で賄う混成機もあるが、これまた大部分は輸入されている。
 貴方は以前、繊維全般の生産・需要・輸出入の市場を調査する担当者と聞いていたが、設備機械やプラントなどの生産設備の動きを把握することで、繊維全般が見えてくるのでは−

 A(統計) 各省担当者から報告されてくる報告の内容に不正確なものが多く、しかも提出が遅い。中には中規模以下が多いが、工場を建てても届出をしない。認可がどうしても遅れるので先に建てて生産を始めてしまう。資金も市や町の公金を融通していることもあった。バレると失業対策でやっており、不正はないとトボける。撚糸や機屋さんが大部分で、紡績や合繊工場の中規模以上のものは許認可制で生産高や人員数も集計される。しかし生産統計は正直いってあまりアテにならない。
 合繊プラント導入は投下資金も膨大で、原料調達、生産管理、糸の供給市場など大がかりな調査結果を見て建設許可がおりるうえ、主体が国営企業なので95%は集計表に現れる。しかし紡績や織布・ニットは新旧工場が入り交じり、設備内容もまったく中央では把握するのは難しい。力のある私営企業は新鋭工場をどんどん増やしている。一方で昔ながらの紡織国営工場は老朽設備、人員過剰を抱えて工場閉鎖されていく。当然、失業率は高まり手当給付もままならず社会問題化しているところが多い。

  8年ほど前に私単独で北京展を取材見学してのち上海に回って知人のカネボウ上海の紡績工場や東洋紡から出向して現地ニットの合弁工場の技術指導責任者などと雑談して帰ったが、当時は上海の中心地点から半径30キロの円を描いて、その内側の繊維や金属加工など製造工場を強制的に外側へ移転させられていた時で、どちらも青写真を抱えてバタバタしている時だった。またテレビや新聞で、中央当局の紡織国営工場のリストラ計画を大々的に報道している最中だった。国内精紡錘数約4,000万錘のうち、約1,000万錘を廃棄し、残りのうちの半分を新鋭機にスクラップ・ビルドするという内容。
 
  国の財投と工商銀行融資の両建てで60%余り済ましたところで、都市圏内の不動産価値が高騰し、設備更新するより工場を閉鎖して家電や自動車部品メーカーなどとジョイントで業種転換するところが続出した。これなら従業員を再訓練して再雇用できるメリットがある。また日本や台湾、特に香港資本と組んで合弁で生き返った工場、 輸出向けに切り換えるべく海外から生産や品質管理の技術者を派遣してもらい、同時に日本の商社や米の大手流通を介して、OEMで生産拡大に走ったところもある。設備も一気に新鋭化した。日本から例えばユニクロや大手スーパーからの直接発注が大いに刺激となった。雇用や給与面でも、また繊維業界の産業構造のリストラクチャリングの政策のうえでも大いに参考となる。

  私営企業の躍進も凄い。聞くところでは、北京の西の山東省の中小都市にある紡績企業が一社で精紡機300万錘をフル稼働させているところがあると聞いた。日本全体でも、いまや300万錘少々しか残っていない。私企業が自前でこれほど大きく伸びると、赤字の国営紡績はたちまち競争に敗れて破産する。どう対処しているのか。

  あそこは私も知っている。一度視察に行ったことがある。24時間稼動の工場内を案内してもらったが、その中で日本のマッハ糸巻機(村田マッハコーナのこと)が数10台並んで、女の子がピストルのマガジンに弾丸を入れるようにボビン糸を次々と投入れていた。輸出する製品の糸は空気作用で結び目のないきれいな糸でないと買ってくれないので、この機械を導入したと云っていた。ただ工場の空調がいまひとつで、北京の街に吹く黄砂のようにかすんでいた。作業員の半分はマスクをしていた。
 そこの工場長から私に、「電力と用水をもっと欲しい。市の役人に頼んでも、生活給水でいっぱい」 電力の方は「余裕は全くない。これ以上設備を増やさないで」といわれたといって残念がっていた。地方へ行けばもっと深刻な情況が多々ある。


 紡績5年、合繊3年で目標充足、バランス悪い糸と編織


  最後に、「中国の合繊や紡績設備の新増設は間もなく限界に達する」といった見方が日欧米の商社や流通のみならず、これらにかかわる金融コンサルタントにおいても、信号で云えば青色点滅か黄色に変わったところと警戒する向きが増えつつある。
 世界的にも基礎素材、繊維でいえば合繊原料のパラキシレンやPTA、カプロラクタム、アクリルニトリルなど中間材が高止まり、それでも海外調達に頼る割合が多い。これらは自動車や家電用などのエンプラ向けに増えていることもあるが、合繊設備の新増設が急ピッチだっただけに需要バランスが崩れないか心配。

 (注) 日本化繊協会が纏めた「中国の2003年のポリエスFは対前年比18.3%増の年産564万t、ポリ綿やナイロン、アクリルなどを含めて17.4%増の計1,126万tに達し、生産量の世界シェアは36.6%と4.6pnt.上昇」と発表。

 同様に近年需要が急増した弾性糸のスパンデックスも米デュポンが上海に進出して以降(工場や設備は東レとエンジが建設)中国側も増設につぐ増設、これに併せて日本から旭化成、韓国から暁星(Hyosong)が現地進出を果たしている。日本からもシンガポール・ジュポンからも相当量の原糸を中国が買い入れている。しかし衣料となって約80%が輸出されている。まさに世界の加工基地としてゆるぎない地位を築いたが、これら原糸を消化して製品となるまで、日本では“川中”と呼んでいるウィーバーやニッターの設備も加工技術も平均してレベルが低い。確かに大規模工場や日本向けの輸出専門のところは生産・品質管理が行き届きうまくいっている。だが、大半は日本では引き取り手のないような粗悪品がまかり通っている。当然、値段は叩かれるので儲けは極少。カバーしようと稼働率を無理して上げたり、安い糸を探して大量に仕入れる。クレームがつけばたちまち不良在庫となって倉庫に山積み。
 知り合った香港の商社マンは「機械設備もメンテも従業員もみな悪いよ。20年前の国営企業そのままだよ。企業経営そのものが理解できていない。これまで随分取引会社を乗り替えたことか」と苦笑していた。

  ここ数年で優劣がハッキリしてきた。今は上位から下位まで仕事が回っているが、そのうち淘汰されてくるだろう。あなたのいう“川上”といった糸造りの方は約400工場が閉鎖や倒産してきたが、編織の“川中”の方は老朽機械が多く生産効率も低い。台数からみるとバランスが取れているようだが、すぐ停まったりキズものが多発して結局は絶対不足のアンバランス。2年ほど前から重点調査しているが、その原因は織る前の多様な支度(へ通しや糊付け・整経工程など)の道具や装置が不足したり、作業員の未熟さが問題点とあげられていた。これらの準備機や新鋭織機の国内製造も相当増えているし、日本や欧州メーカーとのジョイント企業製も出回りつつある。

  出回っているのはコピーものの方が多いと聞いている。昔、革新紡機といわれたロータ空紡機を数台輸出したら、すぐコピーして100台も作ったものの、うまくいかず豊田に「面倒見て欲しい。ロータやコーミングローラだけでも売ってくれ」と云って来たと聞いている。近々でも村田しか製作していないエアジェットスピニングも、いつの間にかコピーされたと聞いた。しかしその後コマーシャルで生産出荷(自家使用とも)しているといった噂もない。”ダメもと”のつもりでやったのか。
 革新織機では30年前からレピア、WJL(ウォータージェット)を、続いてAJL(エアジェット)に至るまで国産化したが、デッドコピー機はかえってうまくいかない。精度の問題もあるが、なんといっても蓄積されたノウハウの差が大きい。

  日本のメーカーはコピーやモジュファイがうまいと聞いたが、中国は長い間“親方五星紅旗”できたので、CDなどソフトや単車、家電などはすぐ出回るが、生産機械は似たものは出来るが、性能も悪くてすぐにトラブルなど、どうも評判が悪いようだ。安いだけが取柄だろうけど。

  合繊とくにポリエス・フィラも綿も川上、川中がバランスが取れて、スムーズに流れているようだ。しかしこのまま増設増産が続く訳もなく、紡績ともども川上の素材生産もいずれ成長が止まる。必然的に川中分野も企業や設備のスクラップ・ビルドも相当あるものの、いずれ限界が来る。
 手元に数字がないので、私の感覚では「紡績と織布はあと5年、合繊プラントの導入はせいぜい3年で成長が止まる」と見ている。インドやパキスタンもいずれ中国を急追してくる。人民元が切り上がればより早くなる。従って、もしアセアン諸国とのFTA協定がスムーズに締結できれば、これらの国の繊維工場に出資するか買収するか提携によるか、いずれにせよ足を伸ばしていくことになると思う。仕事を出すことで雇用と利益をもたらし、収入が増えれば中国からいろいろなものを買ってもらえる。現地から第三国へ輸出すれば摩擦も少しは軽減される。今年中にも関係省庁に提言書を纏めて提出したい思いでいる。その時はまず香港とかシンガポール、出来れば日本の商社の力も借りたいと考えている。我々だけでうまくいくとは思えないからね。

 ※ この対談の内容は、現況や方向性を解説するうえで、記者が現地や日本側の第3者の話や情報も折り交ぜて挿入記述しています。ご了承ください。