<TOPIC>
特別連載
2004.1号
中国市場の行方
日本の繊維と設備機械−その実態を探る−(中)
前回の稿で「米、中国人民元の切上げ圧力強める」を出し日本の機械メーカーにはほとんど影響ないだろうと考察し、その旨を記述した。このところイラクやトルコの自爆テロに目を奪われて、米は人民元切上げをしばらく棚上げしたのかと思っていたら突然、中国製のニット生地やブラジャー、バスローブの3品目についての特別セーフガード(緊急輸入制限)発動を決めた。中国は「明らかにWTOのルールに反している」と反発した。先に鉄鋼材でWTO違反との結論が出たばかりなのに。
日本といえば、数年前にタオル業界の輸入規制要請が喧伝されたが、その後の経過は尻すぼみ。日本の大手中小繊維や卸売り、大小商社まで加わって中国で繊維製品の製造と輸出(日米欧など向け)に関わっており、人民元切上げと円高ドル安がからんで、印パや韓台を含めたアジア全域の生産・販売市場に激震をもたらすことになる。’04年は中国の動静に一喜一憂することになりそう。
中国は繊維王国になれるか、アジア周辺国と摩擦に
編集部 前回のこの稿で“人民元切上げ圧力と日本の繊維や機械メーカーへの影響”について「少々の切上げ率では打撃は小さい。むしろドル決済が多い中国向け設備機械が円高ドル安の為替差損あるいは安値受注に陥り易いのが心配」と述べたが、もし米の景気が双子の赤字とイラク戦後の後遺症、失業率の上昇などでダウンしたとき、日本は早くから米債や為替介入でドルを支えてきたが、中国は外貨約4,000億ドルの3分の2の何割かが目減りする。その前に中国は米債を売ったりユーロに乗り替えたり、先のアセアン諸国との自由貿易協定を利用して、これらの国に先行投資を早めてくることが考えられる。
そうなると日本と中国に共通の狙いと、これらに反する輸出市場の奪い合いというジレンマも生ずる。これにからんでインド、パキスタン、指導者などが代ったマレーシアもタイと同様外貨取込み投資促進策で日中の資本を狙ってくるだろう。ベトナムも中国を警戒しつつも、米や日本の資本参加は大歓迎。その時日本と中国の経済貿易さらに資本投資関係はどう推移していくのだろうか。多分、’08年の北京オリンピックまでは両国とも波を荒立てずに、いつもの“先送り、だんまり戦術”ですごすことだろうが、その間、先行してきた繊維や家電やIT、自動車、建材、物流業界などでは、一度ならず二度三度と許認可や為替、金融、投資条件、合弁なら相手先との折衝、地域環境、インフラ整備、労働条件等々で、どれほど相手から振り回されてきたことか。単に輸出だけなら簡単だが、いかに成長過程にあるとはいえ、中国に高性能繊維設備の現地生産化をはかるのは簡単ではないと思う。第一、日本の銀行がやっと現地での設立認可を得たものの、手足を縛られたままの規制のなかでの活動では、到底に中小進出企業のお役には立てそうにないと嘆いていたよ。日本の大手商社の現地支店や支所の方が売り買いは自由だと思っていたが、これまた投資や融資など資金面や決済条件などで規制があり、日本とはまったく異なる不自由なシステムを押し付けられていると、悩みを打ち明けていた。
記 者 米市場が双子の赤字やドル安で輸出は漸減状態だけに、アジアとくに中国向けを重視せねばならないことはうなずける。先頃日本の経団連 奥田会長が中国の温首相との会見の際、「中国の本年度のGDPは約8.5%の伸びる見込みであり、来年以降10年間は7.0%台の成長を維持出来そう」と語ったと伝えられた。
それでも、アジア金融危機(’97年)までの約5年間の不動産や私営企業の急増、公共インフラ整備、外貨導入等で10%〜14%(最高18%)もの伸びをみせていたことを考えれば、IT投資や家電の普及が活発化している昨今の7〜8%の伸びというのは、ほぼ正常に落ち着きつつあり、これ以下の場合は“デフレの兆候”が見えはじめたと云えなくもない。すでに香港の失業率は高どまり、関東・広州の一大産工業地帯のGDP伸び率は停滞の傾向、給与など人件費も抑制されつつあるという。その影響か、関東地域は早くから香港からの委託生産としての繊維・縫製工場が発達してきたが、ここにきてここに来て深せん地区の主にIT産業に地位を奪われただけでなく、労働集約低賃金の代表的産業である繊維から、これらハイテク生産地域へと流出している状況に、当事者の中国側メーカーや香港、それに日本のスーパーやユニクロなどといった量販業者や流通ブローカーは頭を痛めはじめた。
この現象はマレーシアでも起こりはじめている。繊維産業の工場経営者は中国系が多いが、従業員の過半数はインドネシアからの出稼ぎ労働者だ。ところが政府が自国マレー人の就労が圧迫されているとして、300万人以上といわれる、これらネシアからの出稼ぎを現状の半分以下にするという政策を出し、すでに数10万人を帰国させたため、結果的にコスト高の、しかも未熟練者を雇うハメになって中印との競争に負けてしまうといった危機が迫りつつあるという。マレーで修得した技術を本国で生かせようというわけだ。政情悪化(テロ、暴動、内紛)といったリスクは覚悟のうえとはいえ、アジア華僑のしたたかさを見せつけられた思いだ。
編 日本も昭和30年代の過剰設備と合繊の台頭で操短カルテルを余儀なくされ、40年代の高度成長期では賃金上昇で自動化を中心とした設備合理化、石油ショック後は省エネや高生産近代化投資、さらに60年代後半にはコンピュータ制御によって品質均一化、操業のデータベース化やラン化をはかってきたもののバブル崩壊以降は設備過剰・消費不況・中国製急増といったトリレンマに悩まされつづけて10年、もはや再起不能とまで云われてきたが、私の考えは「悲観するには早すぎる」ということだ。
資本あり、技術あり、伝統あり、そして何より高級志向とファッション性豊かな1億2千万人の大消費国日本と欧米先進向け輸出。さらにタイヤコードやエアバックカーシート、ベルト基布などの産資向けがあり、加えて世界一を誇る炭素繊維やスーパー繊維といわれるアラミド系を中心とした高機能材の開発や生産でもトップを走っている。課題はコストダウンと市場開拓と流通・運輸の徹底合理化といわれている。経産省も早くから提言し多少の予算もつけられたものの、目下のところ残念ながら成果は期待ほど進展していない。
記 とはいえ紡織も合繊メーカーも、高機能樹脂やフィルム、バイオや医薬・化粧品原料などに人材や開発費を割き、繊維の高品質化や改良、新素材などにはトーンダウンが目立つと関係当局も指摘している。
いまや日本で消費される中低位衣料品の76%は輸入品で、その85%近くが中国で作られたものと統計は語っている。米国も衣料品、寝具、インテリア等の輸入割合は65%近くに達し、生産地は中国、メキシコが大半。今年に入って米の大手繊維数社が倒産又は工場閉鎖、つい最近もナイロン発明で知られる合繊最大手だったデュポンも、さきに内外の繊維部門を分離独立させ採算性の向上をはかってきたが、同国コングロマリットに売却すると報じられた。ついでにいえば、ジーンズで知られるリーバイ・シュトラウス社の米国内工場はかつて124カ所あったものが、いま稼動しているのはたった2工場。しかし中国でのOEM工場は160工場近くに達する。
かつての日本は、昭和30年代の綿・混紡製品、40年代は北陸産地での合繊編織物、とくにタフタ、ポンジー、ジョーゼット布やトリコット地、加工糸製織はレピアやウォータージェットルームの急拡大と開発加工技術は生産とともに世界一と称していた時期もあったのだが-
編 これまでの経緯をみてくると、少なくとも今世紀に入ってより、少なくとも今後10〜15年間は、中国は繊維王国の地位を保つのではないか。それほどの勢いが今の中国にはある。しかし伸び率は徐々に鈍化することも必定。その理由として、次の点をあげておこう。
第一に、WTO加盟によって自由貿易協定はあるものの、輸出急増またはダンピングはセーフガードである程度制限される。第二は衆知のように人民元切上げ問題、、第三に中国当局の金融引締めに踏み出すと考えられること(不動産や設備投資バブルを抑えるため)また赤字国営企業や農業銀行の不良債権の割合が増え続けていること。さらに第四の問題はとくに深刻で、インフラ整備が追いつかず、とくに電力と水不足、さらに原油や小麦、トウモロコシなどの食料・資料も入超だ。ついでにいえば、繊維原料の羊毛、綿花も輸入が年々増加、合繊もPET原料のパラキシレン、NY原料のカプロラクタムも原料高にもかかわらず、これまた増え続けているが、いずれ限界に達するだろう。そのあと下がるのか高どまりなのか予測不能だが、日本のデフレや米の景気後退、さらに中国内にしのび寄るデフレの波が、どうこの王国にハネ返り影響を与えるのか。本年夏過ぎには大体のところその吉兆が占えるのではないかと思うよ。
記 そのとき、特にインドやネシア、ベトナム、さらに韓台といった周辺アセアン諸国がどう対応し、産業構造に更なる変動変革をもたらす引金になるかどうかを注視していきたいね。
(注)米Du Pontの繊維・内装部門である「インビスタ」を約44億ドルで大手コングリマリット企業のコーク・インダストリーズに売却の予定。国内はもとよりカナダ、メキシコ、インド、中国、ドイツなどの世界各国にナイロンからスパンデックス、ケブラーといった各品種の合繊を現地工場で生産(原料のモノマーやポリマーの供給は別のデュ社の子会社から)これら合わせた従業員数は約18,000人といわれ、全員コーク社に移るとされる。ただ日本の東レ・デュポン社からの原料供給と東レの紡糸(原糸の輸出は主にデュ社で行ってきた)と住み分けており、また米でのデュ社との合弁の炭素繊維やエクセーヌといった人工皮革はそのまま継続される見通し。本年6月までに売却計画と伝えられるが、まだ紆余曲折があるのではと消息筋ではみている。