2006.3号

<特集>
   後編

ITMAアジア→イスタンブール・北京→'07 ITMAミュンヘン

―― 「中国特需」にかまけて、足踏みした技術開発をどう挽回する? ――


 「来年のことを云うと鬼が笑う」といわれるが、こと企業やその技術陣にとっては、1年余りの間で"カナエの軽重"が問われかねない日月といえるかも知れない。


 OTEMASが消えて4年余り、米ATMEの歴史も閉じようとしている。世界の繊機需要が人口が多く、低賃金での労働集約が可能な中印両国をはじめアセアン諸国やパキやトルコに至るアジア地域(幾度も云っている、いわゆる米軍による"不安定の弧"ベルトゾーン)に集中されることは間違いない。今後もアジア中心の顧客を呼び込むには、よほどの魅力ある機械にする必要があるが、目下のところ"省力から省エネ"へと、また"超自動から風綿など環境問題"へとテーマが移行しつつある傾向を捉えることぐらいのものだろう。


 そうでなければ、欧でのITMAはミュンヘンで終わらせ、代わりに中印でそれぞれ4年毎(実質2年毎となる)に日欧共催で需要現地で開催するのが本筋というものだろう。もっともその際は最新鋭・革新機については知的所有権やコピー防止のためのブラックボックス化も必要だろうが。


繊機需要に構造変化"二極化"進むか

中印は自国で「カラシニコフ」的コピー機 日欧は「ハイテク・省エネ機」開発が急務

 米中揃ってミニリセッションに入ると日本は?


 編集部 いきなり恐縮だが、ブッシュ大統領の"年頭教書"で「中国とインドは戦略的な競争相手」と位置づけ、特に対中国では軍事的には脅威でないが"岐路"だとし、また貿易不均衡には限界が近づいていると暗に警告しているのだと解説された。対中貿易、巨額の軍事費支出、原油の高騰といった赤字が重なり、恐らく'05年は7,000億ドルを超える史上最大を更新するだろうとのこと。
 しかし米中両国とも原油の高騰と石油獲得争い、それに軍備支出の増大(米は対前年比6〜7%、中国は恐らく15〜18%増といわれる)や財政赤字で日本と同様、内政で問題・課題が山積しており、片や貿易赤字が最大、逆に中国は大幅黒字と対照的な両国だが、5月に胡主席の訪米では「原油と貿易収支、それに軍備の透明性」を話題に乗せ、議会での声が大きい例えば人民元切上げや人権などは当面棚上げすることだろう。


 記者 米はイラクのほか、イランや北朝鮮の核(やその他の)問題で中国の協力を得る必要があるので、中国に多少の配慮をすることだろうよ。しかしここで深読みすると、『米は原油高や軍事費支出、赤字財政下では、いつまでも景気は維持できず、国際の金利上昇とオイルダラーの取り込みでしのいでいる状況だ。せめて繊維や家電、雑貨などの対米輸出を少し控えて欲しい。一方、核開発の問題ではイランは欧米で抑えるが、北朝鮮は中国側がリードして廃棄させて欲しい。ロシアは冷戦時代からインドとは仲がよく、中国に対しては軍艦や戦闘機は売るが、石油やガスはインド向けを優先するだろう。エネルギーについて米は原発プラント、省エネ・環境技術では協力の用意がある。だから原油の買いあさりを控えてはどうか。イランからの代わりにサウジなど湾岸諸国からの輸入割合を高める(現在、サウジの原油輸出の15%は中国向け)ことも可能だろう。いま中国の貿易黒字の60%強が外資系企業によって実現したものだ。資本や技術は抑えることは出来ないがモノの出し入れはある程度抑制することが出来る』と、米は中に対して穏やかなブラフをかけてみるのではないか。
 そうなると、日中間で今後どんな展開が予想されるかが焦点となってくる。これまで"政冷経熱から政凍経温"になったといわれているが、米中首脳会談前後の人民元切上げは考えられない。米ドルが急落すれば別だが、原油が高止まりして、金利もポスト・グリーンスパン政策も持続させる意味とインフレ警戒でもう1〜2回は計0.5%程度の引上げが予想される。こう考えてくると米中の成長率は抑制されること必然だ。もし両国の景気下降の兆しが見えはじめたら、とたんに日本のデフレ脱却が後戻りする。これに日銀のゼロ金利解禁や増税などと重なれば再び金融や証券市場はパニック状態に陥るだろう。すでに外資系は利喰いも兼ね、また円高ドル安を見越して株も売り越しに転じつつあり、投資ファンドの動きも近頃は鈍くなったよ。


  そこまで悲観的な深読みは想像もしたくないが、万一に備えて対処対策を講じておく必要はありそうだ。何せ15年の慢性病からやっと起き上がろうというところだから、ここでショックを受けるとベッド入りしたうえ、多少の薬では効かなくなる。そのためにも米中に頑張ってもらわねば世界恐慌の引き金になりかねない。だから米中首脳会談では核や為替だけでなく、両国同士で経済政策についても具体的な話し合いがもたれることに世界も注目している。


  もっともその辺のことは両国ともよく理解していると思う。だからお互いどちらも景気を冷やすような政策の押し付け合いは云わないと思うよ。例えばもっと人民元を切り上げろとか、石油を買いあさるなとか、繊維製品の輸出をもっと規制せよとか。


  そうだよ。日本ではいま国会で"4点セット"とかで与野党が騒いでいるが、起きてしまったことだから早く処理して、景気に敏感な健保や年金、税制・改革、三位一体など、まず国内の懸案を片付けたうえ、日中韓の外交と景気持続ないし上昇の後押し策も早急に必要なことだろう。
 当編集が、いきなりブッシュの年間教書から入り米中中脳会談にまで及んだのは(日本のことに触れたのは米軍の再編成などわずか)両国の動きで日本の景気の先行きが、ある程度判断できるのではないかと思われるからだ。


  '97年アジア金融危機以降、韓国やタイなどがいち早く立ち直ったのも、IMFや日米の金融支援もさることながら、構造改革を大胆に進めたこと、米中による輸入拡大政策とアセアン諸国等の為替レートが大幅に切り下がったことも手伝って危機を脱している。しかしアジアの繁栄は原油と米中の動向によって大きく左右される。現況のまま持続するとは到底思えず、むしろ鍋底に向かっていくような気がするよ。
 中国は全人代・全国商工会議を開催した。そこでは少し成長率を落とし7.5%〜8%に抑え、輸出を控えて内需拡大、併せて省エネと環境に力を入れてこよう。たとえ成果がズレようとも、北京オリンピックで国威を見せつけるには、ここで中短期の経済政策をハッキリと打ち出しておく必要がある。だからこそ当全国会議での中身が注目され、日本にも相当な影響を与えることは間違いない。もちろん繊維機械業界も例外ではなく、むしろ素材や工作など一般機械よりも、ウエートの高い繊維製品の輸出が調整されれば、一昨年央から対中輸出が下降してきた繊機は、さらに打撃を受けることは間違いない。



  欧州メーカーの生産・販売戦略に注目、再編成・リストラ果たし攻勢へ


  中国向け繊機輸出が下降しているとはいえ、今なお最大の市場であることは確か。では日本、欧州メーカーは今後どのような開発・製造・販売戦略を確立させようとしているのか。目下のところ日本の大手メーカーといえども、残念ながら確たる戦略はどこからも見えてこない。そこで欧州最大の繊機グループであるSaurerについて少し述べてみたい。
 昨年春、S社から『世界の繊維原料(綿・毛・合繊など)及び素材紡糸の主要国別による生産統計集(円または棒グラフで標示と英文による主な内容概略)』が弊紙に送付されてきた。ひと月ほどして同じ内容の統計集と中国・北京で開催のCTMEへの出品機案内と販売実績などがインプットされたCDが送られてきた。それだけ彼らは情報・統計そして中印マーケットを重視していることの証左といえる。6、7年前まで独シュラフォルストやバーマグ社など欧州の主要メーカーに対してアニュアルレポート(財務指標や営業報告書)を取り寄せて企業分析や機種別動向から世界の需要の動きや見通しなどを予測してきた。その後中国向け輸出、現地製作が繊機の主流となるにつれ、企業の開発テーマや新機種に興味が移っていった。


  結局のところ、機種によって現地生産に踏み切ったというわけだ。上海から西の無錫には自動車や機械・建機などのパーツや組立工場が内外の大小企業合わせておよそ5,000社が点在しており、現地調達も容易なところからバーマグのDTYやTUワインダ、フォルクマンなどサウラーグループが進出している。シュラフォルストの自動ワインダや空防機のパーツの現地調達も当然だろう。電子ディバイスも現地で増えているという。
 彼らは欧州の他社がインドへ早くから直接あるいは合弁でパーツやフレームの現地進出したものの、はじめから技術を習得、そのうえで精度の悪いパーツを作っておざなりの仕事をして外資側とトラブルを起こし嫌気を指して外国勢が逃げ出すのを待ったといった態度だったようだ。リーター、豊田、SKF、スッセン、RPRやスクラッグ(DTYメーカー)それに丸編機やレピアルームメーカーも、インド側にうまくしてやられる始末。インド政府によるこれまでの国産保護政策(新台やパーツの輸入関税率は80〜100%と超高率)によるものだが、7〜8年前から中国に見習って外資の取り込み策に転換、また輸入関税も切り下げたものの、それでもまだ新台で20%台、パーツも半減がやっと。これではいくら経っても到底中国には追いつけないだろう。この辺もサウラーGとしては慎重に「ポスト中国はいぜん中国か、それともインドか」という答えを見極めようとしているのではではないか。そして一方でミュンヘン展では、恐らくここ数年来グループに加わった独ノイマーグの産資用合繊プラントやオーストリ・フェーラーの特殊フリクション紡機での例えばステンレスファイバーやケブラーまたはテクノーラといった超強力糸向けの出展で、これまでの衣料用だけでなく、「産資も力をいれています」とアピールする戦略を取ってくるだろう。もっとも機械性能も需要の有無もまだ未知数だが、中印あたりで簡単にコピーできないもの、あるいはコピーしても需要が限定されて生産コストが引き合わない機種を狙っているのではないか。


  '90年代の欧州は、EUの強化によって各国の弱小繊機メーカーが淘汰され、大手でさえも倒産あるいは撤退を余儀なくされ、国境を越えて再編成が活発だった。中でもスイス勢が核となって買収先の事業部門を選別しながら再編成を進めていった。例えばリーター社が仏ICBTを吸収する際、狙いは不織布設備だったため、ダブルツイスタはガラス繊維やBCFヤーン用だけを残し、DTYはナイロン用だけでPETから撤退、もちろんレピアルームは廃棄といったリストラを条件として買収している。本業の紡績設備でも独に続いてチェコでも空紡機の生産をすでに行っており、以前にインドでの現地生産から撤退していた紡績設備も、条件が整えば改めて再度進出の検討を始めているようだ。スイスはインド向け通常兵器の中継地かつ代金の決済国に選ばれることが多く、スイス自体もこれまでイランやインド、南米(ブラジルへはライセンス供与)にも直接輸出されてきただけに、リーターの狙いもチェコ製(かつてソ連圏での兵器生産基地国として有名だった)について現地合弁を繊機と併せて考えているのではといった、うがった見方をするスイスの中堅企業の経営者から耳打ちされたことがある。



 コピーを承知で単機能・省エネ機を(カラシニコフ銃に習って)一気に大量に


  2年余り前の上海展で欧州のメーカーの顔見知り連中4〜5人と中国の現状などについて、あれこれ軽口を叩いていた。
 その中で伊やスペインといったラテン系のメーカーの間で面白いことを云い合っていた。「Euroの対ドルレートが割高となり、EUの連中はみんな輸出減少すると騒いでいる」そこで私は「'95年に日本円は対ドルで80円まで切り上がった。その時日本のメーカーは目減りを覚悟で中国の需要に応えてきた。もちろん懸命に人員削減、パーツ仕入れの合理化や生産コストの引き下げなど思い切ったリストラを各社揃って断行したことで今日まで生き延びてきた。その間、バブル崩壊の後遺症で倒産・身売り・合併・閉鎖・撤退などが繰り返された。欧州も同様だろうが、違っているのは欧メーカーは簡単に破産手続きしたり、技術や設備が残っておれば吸収合併などで延命してきた。しかし日本では内外需要が将来期待出来そうな企業に対しては取引商社や金融機関(政府系も含めて)が救いの手を差し伸べて存続させてきた。それでも中小零細メーカーの過半数が繊維機器からの撤退を余儀なくされた。今生き残っているのは、独占的機種を保有、技術開発力を持続するだけの人材と資本力を持っているところ、他の事業部門が儲かって繊機の赤字をカバーできるところ、そして大手機械で企業体質が強いところがブランド力と併せて販売シェアを保ってきた」と説明した。


  巨大グループ化したからといって将来も安定するわけじゃない。機種によって不採算がハッキリすれば、その部門や系列の企業をドライに切り売りするか切り捨ててしまうだろう。グループ化の本家はスイスだが、昔は自社製品以外で関連商品を持つ中小メーカーを吸収していった。例えば電子ドビーで有名なスタブリにしても、仏ベルドールのジャカード機、ウスターの綜絖通し機、果てはヘルドや枠のグローブなど(ブランドを残したまま)集合グループ化しているが、織機そのものには手を出さない。自ら織機を作ると、もう同業他社はスタブリ製を買わなくなるからだ。同様にツェルヴェガー・ウスターは測定計測機器で、へバーラインも糸加工とテンションなどのディバイスとそのセンサー類など、同業の中小関連を吸収することで独占化を図ってきた。今後の課題は、例えば中国やインドといった販売拠点での現地生産に踏み切れるかどうかだ。このままコスト高の本国あるいは周辺国で生産してアジアなどに輸出を続けることは運賃や関税からも難しい。また20数年程前から、それまでのアナログからデジタル方式に切り替えたことでソフトも含めて商品に付加価値が高められ、競争力も増してシェア拡大に繋がったが、特許が切れたり中印など大きな需要国では安いコピー商品が出回り始めたことで、いまさら現地生産には踏み切れないだろう。革新商品なら別だが−−−−


  いわゆる"ジェネリック商品"だよね。これは特許切れの医薬品などでは中小メーカーが同じ成分のものを安く販売する商法だが、中国では特許があろうがなかろうが、おかまいなしにコピーして売り物にしてしまう。2年前の上海展で欧州の連中が云っていたのはコピー機もさることながら「日欧の機械のメンテパーツの大方は導入した繊維工場が地元部品メーカーに要求して作らせたもの。中には韓国や台湾からのものもあり、本国で値の引き合わないものは、韓台からの進出工場で密かに造って納品している。我々も正直にいって独やスイス製機械のフレームやパーツなどの鋳鍛造品を供給してきたが、今世紀に入ってチェコやハンガリー、ポーランドで作らせて納品し、一部はそのまま中国や米や南米にも輸出してきた。それが大手機械も中国でパーツ等を現地調達しだした。だから伊やスペイン、チェコあたりの下請けメーカーの大半は繊機パーツの仕事がなく、休業状態にあるといわれる。
 そこで私は次のように冷やかし気味に提言してみた。「いっそのこと、あなたたち中小メーカーが知恵を出し合っていまさら精紡機や撚糸機などはムリだが、例えばカードや練条、コーマなどの前紡機を中国製より少し性能の良いものを、あるいはシュラの初期のタイプの自動ワインダにエアスプライサを取り付けて大量生産でコストを下げ、中印や中南米や北アフリカなどに輸出してはどうか。まさにジェネリック的機械というわけだ。ただし中国あたりで、たちまち"カラシニコフ銃"のように鉄工所でトンカチで簡単にコピーされることを覚悟したうえで売り込んでみてはどうか」といったら、彼らは苦笑いしながら顔を見合わせてうんうんと頷いていたよ。


  カラシニコフ銃は戦後間ない20才代後半のロシア人が開発し、そのご無反動自動小銃とともにチェコや旧東独でも製造していた。しかし旧ソ連のアフガン侵攻で、米から供給された性能の良いMK50を中心とした銃が砂塵のため手入れが大変だったのに比べ、カラシニコフはメカが単純で取り扱いも容易。少々水や砂をかぶっても平気なところがスナイパーたちに好まれたようだ。まさにローテク機器がやがてパキスタンやタイ南部、ネシアのアチェ地域そしてアフリカなどに"自家製"としてコピー銃が出回ったゆえんだ。
 これらの傾向は、繊機の場合において特に中印で顕著な現象として巷間いわれてきた。この傾向を日欧メーカーがどう捉え、どう対処し、いかに妥協していくかだが、打開のカギはなんといっても技術開発を地道に続けて、安く性能が良く他社の追随を許さない独創かつ革新的な新型機を狙うことが必須条件となってこよう。


  だが自慢の革新機や新鋭機や省エネ機を作って展示デモしても、1〜2年で中国あたりでコピーされてしまう。たとえ現地で特許取得または申請中と表示していても、おかまいなしに平気でコピーして、堂々とエセ機械を北京や上海展に出してくる。
 例えば村田機械が年月をかけて開発・完成したエアジェットスピニングや単錘駆動の撚糸機も、ホイホイとコピー機を出展する。確かに彼らの神経を疑うばかりだが、逆に云えば、コピーするだけの価値ある機械だと、彼らなりに認めているということにならないか。70年80年代は韓国や台湾を非難し、昨今は中国やインドを批判しているが、40〜50年前は日本のメーカーが欧米から同じような非難を受けていたものだ。ただ特許があったり複雑な精度の高いもの、特殊なノウハウが必要とするものについては技術導入・提携したうえで国産化していたことが、60年代に入って急増した事実があることを付言しておきたい。


  「ITMAミュンヘン」までの問題・課題を採り上げてきた。要約するとまず技術開発は好不況にかかわらずスローダウンは許されないこと、そのうえキーワードとして「同じリズム・テンポの技術レベルでの展示出品では、こんご革新機開発はおぼつかないこと」でなければ「中印あるいは韓台の中国現地工場での類似機の生産はカラシニコフ銃のように、はじめからコピーされることを覚悟で売り込むこと」「一段の省エネ機の開発か、既設機を省エネ駆動システムあるいは生産性向上に寄与する装置や部品を持ち込んで、改修を現地で実施できる体制を整えること」の3ツを心得ること。これが今後日欧メーカーにとってのポイントとなってくるのでは−−−−

以上