2007.12号

繊維における「日米中の三角方定式」くずれるか
欧米はリセッションを、日中はスタフグレーションの警戒を


 ことし1年を振り返ってみると、こと繊維機械業界については「まずまず平穏な年」といえたのではないか。確かに、米のサブプライム問題で世界の金融証券界に激震が走り、2月の上海株式暴落で世界を揺るがし、8月には米の住宅ローンのコゲ付き懸念と原油の高騰、そして米ドルレートの下降によるユーロと円の上昇が、こんご日本の経済にどう影響してくるのか。米中両国向け貿易はどう変化するのか。そして繊維は?機械業界は?
 ことしITMAミュンヘン展が開かれたが、意外に期待した中国やインドからの反応は薄かったようで、逆にラテンアメリカやEU新加盟国関係者からの質問・問合せが多かったという。とはいえ、なお中印向けやアセアン、トルコ市場がいぜん主流を占めるものの、米の景気調整とドル安の影響がこれら諸国に及んでくることになろう。しかし資金の過剰流動化は世界を駆け巡っている。果たしてこれらが資源・食糧のみならず"繊維・衣料・産資"などにも投資されるだろうか。全体の消費はまだ落ち込んでいないと各国の統計やエコノミストは唱えているものの、名目成長率は軒並み下方修正する国も多い。となると、かつての日本が苦しんだデフレなのか、ディスインフレなのか。マーカンタイルCRB指数がいぜん上昇を続け、資金がダボついているのにインフレにならない。しかし物価は確実に上がっている。ぼちぼち"スタフグレーション"を警戒した方がよいのかも知れない。 

 ▼…このほど中国の胡総書記が直接「不動産(設備を含む)を中心に、全般にわたって銀行貸し出しを一段と引き締める」と一般国民に向って明言した。続いて米ブッシュ大統領が「サブプライムローンの金利支払いの繰り延べの検討を当局に指示した」とテレビで演説した。前者はインフレと所得格差が拡がることを、また後者はいぜん治まらない金融不安から来る金利上昇とインフレを警戒してのこと。
 欧州では英国が政策金利を5.5%に引き下げた。しかしEU中央銀行は据え置きを決めた。前者は景気後退の兆しが出てきたとして、後者はインフレ傾向がいぜん残っているとして高止まりを容認している。そして日本は公定歩合0.5%といぜん歴史的超低金利のままである。要するに動くに動けないでいる閉塞状態が続いているというわけだ。
 世界中に"過剰流動資金"がうごめき、需要が旺盛とはいえ原油が予測以上の高騰を見たのも投機資金のせいで、いずれ主要通貨の為替相場にも大きな変動が生じることは間違いない。それでいて胡主席もブッシュ大統領も自国の通貨レートにはタブーとはいえ、まったく触れないというか逃げているとしか思えない。人民元を切り上げるとも、強いドルを維持していくとも怖ろしくて云えないのだ。ちなみに人民元は対ドルで実質約6%切り上がり、ドルは対ユーロで10近くきり下がっているが、対円では年初からでは4%切り上がっている。

 ▼…ところで日本円のレートはこんごどちらに振れるのか、輸出企業にとって気になるところ。当面は対ドル110円前後で推移するだろう。しかしこと繊維業界にとって気になるのは中国の動向である。オリンピックまでは今のレートを維持したいところ。巨額の米国債を買い保有する日中両国に対して、売られては困る米としては、「切り上げろ」とはそう強く出れない。中国もインフレを抑える為に多少の切り上げはやらねばと考えているようだが、一方で基盤の弱い産業や競争力のない中小企業は立ち行かなくなる。
 中国の農業銀行の貸出し高に対する不良債権率は30%強に達し、商工業向けも20%前後はあるとされる。(日本は90年代の最大時で約8%の不良債権を抱えた)このうえ更に今回のいわゆる"総量規制措置"によって、日本の対中輸出がどうなるか。しばらく様子眺めとなるだろうが、その間にも新たな受注は漸減していきそうだ。 

 ▼…中国の対米輸出の品目別内訳を調べてみると、繊維・雑貨の総額に占める割合は18%程度に過ぎない。うち米や日韓台などによるOEM製品が60%以上を占め、そのうえ輸出優遇措置の7%関税軽減が撤廃されたため、折からの人民元高も伴って、ブーメラン・メリットは薄れつつあるという。その一方で玩具や加工食品の有害物質の混入騒ぎや米議会の民主党の台頭で、対米輸出はやや頭打ちの状態だという。これらに代わってOEMで組み立てられたデジカメ、携帯、薄型テレビなどITやデジタル家電が急増、また電導工具や木工、芝刈り機など軽機械類が3年弱で倍増しており、貿易額の約40%を占める。靴や鞄、玩具など雑貨類は3年間で倍増(ほか運搬関連8%、希土類6%)、その伸び率は繊維製品を大きく上回っている。これらの傾向を眺める限り、中国はインフレを抑える為に内需・消費向けを重視しだした。このため労働者の賃金上昇を15%以内なら黙認・容認する方針のようだ。
 となれば"3K" の代表業種といわれる鉱山、土木建設、繊維、雑貨などは労働強化につながるか、合理化による生産性を上げるか、付加価値商品へと転換するかなどが考えられる。しかし資金力・技術力の乏しい企業は淘汰されていき、逆に生き残った企業は増設よりも近代的自動設備への更新に主眼をおくことになる。省力・省エネに繋がるからだ。この象徴的業種が繊維工業である。 

 ▼…10月の共産党大会で胡総書記は党規約として「科学的発展観」を提言し、”経済成長”から”経済発展の方式の転換”を唄ったことの意義は大きい。「社会主義市場経済」によって貧富の差は拡がり、いぜんとして官僚資本が金融・資源・通信・電力・インフラなどを独占し、政治が経済を支配している。巨大な”共産党によるナショナルカンパニー”から脱却できないでいる。それでいて”官が土地を支配”して安い補償で開発業者に高く売って地権農民の暴動を誘うなど社会的矛盾が頻発している。 
 そこででてきたのが今回の「科学的発展観」というわけだ。要するに片寄った市場経済から環境保護・省エネを重視した平均的経済発展へと移行していこうというわけだ。これなら外国から環境機器や省エネ装置、さらに資金や技術を受け入れやすく、その代表的なものが原子力発電設備だろう。とくに米国で研究中の第4世代の原発(冷却装置に安全で経済的なナトリウムを使用)の共同建設を狙っており、日本やロシア、インドなどで進行中の第3世代(加圧水方式改良型)を飛越して要請してくるだろう。となると、日本への省エネ・環境装置や技術さらには運転・測定などのノウハウまでも、相当の高度のものを求めてくるのではないか。
 繊維プラントでいえば、例えば合繊や紡織染ではタイヤコードやフィルター用モノフィラ、光ファイバー被覆兼用巻線などの産資用で、染色・仕上げ関連では汚水処理や省エネ乾燥、エア消費効率のよい空紡機やAJLなど、日本は海外が期待する繊機や装置が多岐にわたっており、しかも持続的に生産供給も可能だ。
 とはいえ、こと繊維衣料分野は世界的視野からの需給状況を見る限り”ゼロサム”時代がここ数年は続くとのエコノミストの分析もある。となれば中国やアセアンを中心とした生産諸国においては、一段とグレードアップしてのスクラップ・ビルド需要に期待するしかないのかも知れない。 

 ▼…日米関係は「安保と金融」以外では、すでに"金属疲労"を起こしているのではないか。それだけに、こと経済(資本・貿易・技術など)に関しての結びつきは日中の方が濃くなりつつある。しかし経済発展の過程に大きな違いがあり、いわゆる両国の「戦略的互恵関係」の具体的発展を話し合う内容が、根本的に喰い違っていることが多々ある。その代表例が、東シナ海の天然ガス問題である。日本の政官による政策運営の"あいまい"さは世界各国に知られてきたが、中国の共産一党独裁による施策を地方で実施具体化するときは、日本に輪をかけて"あいまい勝手主義"が蔓延していることだ。迷惑なのは地元民だけでなく、そこに進出してきた外国資本の企業も同様である。
 そもそも中国の経済発展には限界がある。例えば、日本が成長してきた過程では、政府・企業ともに運営資金に乏しく、いかに効率よく一段一段登っていくかを常に考えた"節約型"であったのに対し、中国のそれは国家予算を使い、産業界には外国資本を取り込むことで成長を促した。その内容はまさに"浪費型"といえるもので、なりふりかまわず原材料やエネルギーを注入しての成長で、ムダが多く消耗も激しく、それによって生態や環境に悪影響を及ぼし、一方で教育・医療への予算が乏しく(昨今の日本に似ているが、それは永年の不況によってもたらされたもの)かつ農業と工業の格差や貧富の差が拡がり、この間に公私ともに汚職や背任など腐敗が(これまた日本も偽装・不正・汚職など次々と明るみに出ている)止むことがない。恐らく北京オリンピック後に大々的に汚職や脱税など官民への摘発が再開されることになろう。
 同時に、外国資本による現地企業への風当たりは、手を変え品を変えて圧力をかけてくるだろう。その理由は、目下の輸出高の60%は外資系による商品である。豊富な労働力と低賃金で十分稼がせてやったが、外貨準備が1兆ドルを越す状況になって、これまでの高成長路線から消費や環境などに配慮した安定経済にカジを切ったこと、さらにインフレ(対'05年比12%上昇)と失業率アップを警戒してのことと考えられる。そのうえで問題化している特許や商標、コピー商品、有害食品や物資の調整取締り強化が課題とされ、上海万博までにある程度のメドをつけておかねば、国際的な反発が生じかねないからだ。このことで、外資系も多少のあおり、影響も出てくることを覚悟しておく必要がありそうだ。

 ▼…最後に再び繊機業界の今後を予測してみる。さきに繊維・衣料需要は世界的に見ても「ゼロサム状況にある」といわれるが、こと機械設備は既存機は90年代からこれまでの間、中国を除きほとんど更新されずにきた。印パ両国の設備投資は新綿花の豊作によってもたらされたもので、合繊の原料高もあって天然繊維のほうが儲かっているようだ。しかしこれも中国の過剰設備、過剰生産もあって(人件費のジリ高、新規投資の償却を早めるため、24時間3シフトならぬ2シフトでムリして生産性を上げている)過剰供給し、これが逆に糸布の安売り競争をを招き、対米対欧への輸出自主規制もあって、国内の消費物価は食品や住宅、2輪、4輪車等は値上がりしているが、逆に衣料と家電製品は逆に下がり気味だという。
 中国は昨'06年央から、すでにリセンションに入っているといわれ、とくに老朽設備の多い旧国営の紡織工場は赤字に悩まされ、操業休止や閉鎖・レイオフを実施するところもあるという。いま設備更新している優良工場の大半は輸出向け製品を扱っているところで、しかも単価の高い中高級品に向けての必要切り換え設備投資だとしている。しかしこれも限界に近づきつつあり、今導入されているのは、さきに先行手配した発注済のものが大方だ。新規導入需要は当然ながら急速にしぼみ、残りなんとか期待できそうなものは産資向けあるいはニッチ業種といわれる。例えばレース機や組紐機、多頭自動ししゅう機(これらも中国のコピー機が出回り始めた)それに高速柄出しタフティング機、カーシート用ラッシェル編機などが日欧から導入されている(カーシート向け人工皮革は原反を日欧から輸入)程度。しかしこれらの生産は、政府の方針で沿海から遥か遠い内陸部で進展普及すべく公的資金も含めて積極的投資しており、雇用あるいは貧困対策に格好の産業と力を入れつつあり、人手のかかる多品種少量型の生産機も、今後の動向によっては現地合弁でのKD(ノックダウン)組み立て、補修サービスを兼ねた拠点を設ける日欧の中小企業も出てこよう。
 明'08年はオリンピック終幕前に上海国際展の開催が予定されている。ことしのITMAミュンヘン展で新鋭・新機種・革新機は出品・需要とも芳しくなかったが、これらに改良を加えた真に実用機として需要を喚起できる場は、やはり次の「上海展」と見込んで期待しておこうと思う。

以上